平成27年度司法試験民事訴訟法参考答案

第1 設問1

1 平成3年判決は142条の趣旨は審理の重複による無駄を避けること及び既判力の矛盾抵触を避ける点にあるが相殺の抗弁は自働債権の存否につき既判力が生じ(114条2項)、既判力の矛盾抵触の恐れがあること、相殺の抗弁の場合に自働債権の存否につき審理の重複ができないことを理由として相殺の抗弁を許さないと判断した。

2 これに対し、上記のように相殺の抗弁を予備的反訴とすると、単純反訴と異なり弁論の分離が禁止され、反訴請求債権につき本訴において既判力ある判断が示された場合には、かかる部分につき反訴における判断はなされず、本訴において既判力ある判断がなされなかった場合のみ反訴請求として判断がなされるため、平成3年判決と異なり、自働債権の存否につき既判力の抵触、審理の重複のおそれがない。また、平成3年判決は反訴請求債権を自働債権として相殺の抗弁を主張するものであり、反訴で相殺の抗弁につき既判力ある判断がなされたことを条件として本訴五球を取り下げるとすると本訴の判断が行われる反訴により左右され本訴判断の安定性が害されるため、かかる見解は取りえないのに対し、本問のように反訴請求債権を本訴における相殺に供する場合にはかかる恐れはない。

3 以下のように、反訴原告は相殺の簡易・迅速かつ確実な債権回収の期待と自働債権の債務名義を得るという2つの利益を得ることはない。

(1)上記のように、反訴請求債権が予備的反訴として扱われる場合には、本訴における相殺の自働債権の存否又は反訴請求債権の存否の一方についてのみ既判力ある判断がなされる。

(2)本訴における相殺の自動債権につき存在するとの判断がなされた場合、相殺が認められ、反訴原告は相殺の簡易、迅速、確実な債権回収の期待という利益を得る。しかし、相殺が認められる場合には、受働債権及び自働債権のうち、受動債権に対応する部分についての不存在につき既判力が生じるにすぎず、反訴原告は相殺が認められた自働債権につき債務名義は取得しない。

(3)また、本訴において相殺の自働債権につき既判力ある判断がなされなかった部分について反訴が認められ、反訴において反訴請求債権の存在が認められた場合には、反訴原告は認容部分につき債務名義を得る。一方で、本訴で相殺の抗弁は認められていないため相殺の簡易迅速、確実な債権回収の期待という利益は得ない。

(4)よって、反訴原告は相殺の利益と債務名義取得の二つの利益を享受することにはならない。

4 上記のように、訴えの変更の手続きを経ずに予備的反訴として扱うことは初部兼主義(246条)に反しないか。

(1)処分権主義とは、訴訟の開始、終了、及び訴訟物の対象範囲の画定につき、当事者の主導を認める建前をいい、かかる趣旨は原告の意思の尊重、昨日は被告に対する不意打ち防止にある。そこで、処分権主義に反するかは原告意思の尊重、被告に対する不意打ち防止の観点から判断する。

(2)反訴原告の通常の合理的意思としては反訴請求債権の回収を求めているところ、相殺の簡易迅速確実な債権回収の期待という利益と反訴請求債権の債務名義とい利益のうち一方の利益を得れば足りる。そして、完全な反訴が認められないのであれば予備的反訴であっても認められることが原子育の合理的な意思である。よって、上記のように、予備的反訴として扱うことは原告の通常の合理的意思に合致している。

(3)また、反訴被告には反訴提起によって反訴請求債権につき支払い義務を負うという不利益が示されているといえる。これに対し、予備的反訴として扱われる場合には、本訴請求債権につき反訴請求債権において相殺がなされる不利益を負う。これらの不利益はどちらも反訴請求債権につき債務を負うという点で実質的に同一である。よって、反訴被告に対する不意打ちとはならない。

(4)また、確かに予備的反訴として扱うと反訴被告は反訴請求につき翻案判決を得られなくなる可能性がある。しかし、反訴請求につき本案判決がなされない場合いは、本訴請求において反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁につき既判力ある判断がなされており、反訴請求債権の存否につき既判力ある判断がなされているため反訴被告の利益は害されない。

(5)よって、処分権主義には反しない。

第2 設問2

1 控訴審はどのような判決をすべきか。不利益変更禁止の原則(304条)との関係で問題となる。

(1)不利益変更禁止の原則によって、控訴審は第1審判決と比べ控訴人に不利益な判決をすることはできない。

(2)本問では、Xのみが控訴しているところ、第1審判決と比べXに不利益な判決をすることは許されない。

(3)第一審判決は相殺の抗弁を認めて請求棄却しているところ、XのYに対する本訴請求債権の不存在、YのXに対する本訴請求債権の不存在、YのXに対する反訴請求債権の不存在につき既判力が生じる(114条1項)。

(4)第1審判決取消、請求棄却という結論の控訴審判決が確定した場合、YのXに対する反訴請求債権の存否について既判力ある判断はなされず、XのYに対する本訴請求債権の不存在についてのみ既判力が生じるところ、第1審判決と比べXに不利益な判決といえる。

(5)これに対し、第1審判決が控訴棄却により確定した場合には本訴請求債権及び反訴請求債権の不存在につき既判力が生じ、第1審判決と比べXに不利益とはいえない。

(6)よって、控訴棄却すべきである。

第3 設問3

1 Yの請求は本訴確定判決の既判力に抵触しないか。

2 既判とは手続保障に基づく自己責任を根拠として認められる前訴確定判決の有する後訴に対する拘束力ないし通用力である。既判力が生じると後訴において前訴判決を前提としなければならず、前訴判決に反する判断をすることはできない。

 また、既判力は前訴訴訟物及び相殺に供された債権と後訴の訴訟物が同一の場合のみならず、先決、矛盾関係にある場合にも及ぶ。

3 本件では、XのYに対する損害賠償請求権の不存在及びYのXに対する請負代金請求権の不存在につき既判力が生じている。

 後訴訴訟物は不当利得返還請求権でアルところ、前訴訴訟物及び相殺に供された請求権は同一ではない。しかし、不当利得返還請求の請求原因事実は①利得、②損失、③①と②の因果関係、④法律上の原因の不存在であり、①②は前訴で相殺に供された請求権たるYのXに対する請負代金請求権の存在を前提としており、両者は両立しえないところ矛盾する結果となる。

4 したがって、Yの請求は本訴既判力に抵触し許されない。