第1 設問1課題1について
1 本件訴訟の被告が甲となる見解
(1) 実体法上の私的自治の原則を訴訟法に反映すべく、民事訴訟には、処分権主義によって、訴訟の開始は当事者の意思に委ねられている。当然、被告についても、原告に決定する権能が認められる。そこで、訴訟の当事者の確定基準について、被告の確定は原告の意思に基づいて決定するべきである。
(2) Xは、本件賃貸借契約を解除した上で、賃貸借契約の終了に基づき、本件事務所の明渡しを求める訴えを提起しているのであるから、原告であるXの意思としては、本件賃貸借契約の当事者であり、本件事務所の占有者である甲である。訴状には、乙の称号である「Mテック」を被告として表示し、その上で、乙の代表者事項証明書を付属書類として添付しているが、これは、Xが甲の名称変更を知らず、また、甲と乙の商業登記簿上の本店所在地、目的等が同一であったことから、甲を乙と誤認したためにすぎず、Xの意思としては、甲を被告とするものであったと理解するべきである。
(3) したがって、Xが甲を被告とする意思であったことから、被告は甲である。
2 本件訴訟の被告が乙となる見解
(1) 当事者の確定は、人的裁判籍(民事訴訟法(以下省略)4条)や当事者能力・訴訟能力(28条以下)を含む訴訟要件の判断の基準になるところ、訴訟手続の安定を図るため、訴えの提起後、ただちに、かつ、明確に判断できる必要がある。そこで、当事者の基準は、訴訟の記載を基準として判断すべきである。
(2) Xは、訴状において、被告を「Mテック」と表示し、乙の商業登記簿を添付している。このことからすると、訴状から理解すべき被告は、「Mテック」を商号とする乙であり、「Gテック」を現在の商号とする甲を被告であるとすべきではない。
(3) したがって、訴状の記載から、被告は乙である。
第2 設問1課題2について
1 自白の成否について
自白とは、口頭弁論等における、相手方が主張する自らに不利益な事実を争わない旨の陳述をいう(179条)。そして、証拠と同じ働きをする間接事実や補助事実について裁判所拘束力を認めると、自由心証主義(247条)を害する虞があるため、「事実」とは主要事実をいい、基準の明確性から、「自己に不利益な」とは、相手方が証明責任を負う事実をいう。
Aは、乙社の代表取締役として、第2回口頭弁論期日において、相手方であるXが主張する (1)ないし(3)の事実を認めている。そして、Xが主張する本件賃貸借契約に基づく本件事務所の明渡し請求権の主要事実は、賃貸借契約の締結、それに基づく目的不動産の引渡し、及び、賃貸借契約の終了原因事実であるところ、(1)ないし(3)は、それぞれ、これらの事実に該当するものである。
したがって、Aの陳述には、自白が成立している。
2 自白の撤回の可否について
自白が成立した事実については、相手方は証明をする必要がなくなり(179条)、また、弁論主義の第2テーゼから、裁判所をも拘束する。その結果、相手方が抱く、自白された事実について、証明しなくても良いという期待を保護する必要がある一方で、自白した者は自らした自白に信義則上拘束されるべきといえるから、不可撤回効が生じる。信義則に基づく禁反言の法理を適用すべきではない場合、例えば、相手方の刑事上罰すべき行為による自白や相手方の同意がある場合、又は、自白内容が真実に反し、かつ、錯誤に基づいて自白した場合には、撤回することが許される。そして、自白内容が真実に反する場合には、事実上、自白者が錯誤に陥っていたことが推定される。
Xは、Aの自白の撤回について、同意していないし、Aの自白は、Xの刑事上罰すべき行為によるものでもない。そして、実際には、Xとの間で本件賃貸借契約を締結したのは甲であり、被告である乙は、Xとの間で本件賃貸借契約を締結していないことから、Aの自白は真実に反するといえる。もっとも、Aは、甲の代表者として、本件賃貸借契約を締結した者であることから、本件賃貸借契約について悉知しており、Aの自白は錯誤によってなされたものではない。
そのため、Aは自白を撤回することができない。
第3 設問2について
以下のとおり、最判昭和62年が主観的追加的併合を認めた場合の問題点として指摘する理由のいずれもが、本件には該当しないところ、同判決の射程が及ばないため、甲を被告に追加するXの申立ては認められるべきである。
1 最判昭和62年は、新たな当事者に対する別訴(新訴)に対し、係属中の訴訟(旧訴)の訴訟状態を当然に利用できるとは限らないので、訴訟経済に資するとは言えないことを問題点としてあげる。
しかしながら、本件においては、乙社は、甲社に対する訴訟提起を避けるために、Xに誤認させ、時間を稼ぐ意図で設立された会社である。しかも、旧訴において、提出された訴訟資料は、本来であれば、甲社に対して提出されるべきものであったにもかかわらず、甲社の代表者でもあるAは、Xの誤認を認識した上で利用し、訴訟追行を行ってきた。
このような経緯からすると、Aの訴訟行為は、訴訟法上の信義則(2条)に反するものであり、別途甲社について、手続保障を確保する理由はない。そのため、Aが当時の代表取締役であった甲社は、旧訴の訴訟状態の効果を自らに及ぼされることを信義則上拒絶することはできない。
したがって、本件において、訴えの主観的追加的併合を認めれば、新訴に対し、旧訴の訴訟状態を利用できるから、訴訟経済に資する。
2 最判昭和62年は、全体として訴訟を複雑化させる弊害が予測されることを問題点としてあげる。
しかしながら、本件においては、本件賃貸借契約という一つの契約についての紛争であり、社会的実態は同一である。そのため、契約の主体の点を除けば、甲社に対する請求も、乙社に対する請求も、請求原因は同一であり、問題となる証拠も同一である。
したがって、本件において、訴えの主観的追加的併合を認めても、旧訴での請求に加えて、審理すべき法律上及び事実上の争点について、実質的な追加はないことから、全体として訴訟を複雑化させる弊害も生じ得ない。
3 最判昭和62年は、訴訟の途中で被告の間違いや被告の脱漏が判明しても、原告は被告を追加できるため、軽率な提訴等が誘発されるおそれがあることを問題点としてあげる。
しかしながら、本件において、被告の間違いが生じたのは、Aによって、甲が被告にならないように乙を設立して甲の旧商号を乙に使用させたAの一連の行為に原因があり、このような事実関係に照らすと、Xが被告を誤ったことは無理からぬことであり、軽率な提訴であると断ずることはできない。
したがって、本件のような極めて例外的な場面において、訴えの主観的追加的併合を認めても、それによって、将来の軽率な提訴を誘発する虞があるとはいいがたい。
4 最判昭和62年は、新訴の提起の時期いかんによっては訴訟の遅延を招きやすいことを問題点としてあげる。
しかしながら、本件においては、前記のとおり、新旧の両請求について、審理すべき法律上及び事実上の争点について、実質的な追加はないことから、甲社を当事者として追加し、その手続保障のため、追加の期日等を開いたとしても、訴訟を遅延させる影響は限定的である。
そして、民事訴訟法は、例えば、訴えの変更や反訴の提起について、著しい訴訟遅延がある場合のみ認めていないことに照らせば(143条1項ただし書、146条1項2号、)、多少の訴訟遅延が認められたとしても、当事者の手続保障を優先するのが法の態度であるから、仮に、限定的に訴訟遅延を生じさせることが予見されたとしても、これによって訴えの主観的追加的併合を否定するべきではない。
5 以上より、最判昭和62年の射程が本件には及ばないため、甲を被告に追加するXの申立ては認められるべきである。
第4 設問3について
231条をUSBメモリに適用することができるか。
1 「文書」とは、文字その他の記号を使用して人間の思想、判断、認識、感情等の思想的意味を可視的状態に表示した有形物を指す。
USBメモリは、電磁的記録媒体として、一定の思想的意味を記録する有体物ではあるが、一方で、その記録内容については、コンピューター等の出力装置なしに、人が直接それを理解することは不可能であるから、可視的状態に表示したものとはいえない。
したがって、USBメモリは、「文書でないもの」である。
2 そして、231条1項に列挙されている、録音テープやビデオテープについて、準文書とされる趣旨は、それ自体では記録された思想的内容を閲読することはできない一方で、適切な外部機器を用いることによって、閲読ができる状態とすることができることから、その性質が文書に類似するためである。
USBメモリは、コンピューター等の出力装置を用いることによって、電磁的に記録された思想的内容を閲読することができ、その性質は文書に類似する。
したがって、「その他情報を表すために作成された物件」として、準文書として取り扱うべきである。
3 以上より、231条をUSBメモリに適用することができる
以 上