平成26年度司法試験民事訴訟法参考答案

第1 設問1

1 本件和解の訴訟法上の効力を維持することができるか、最判昭和45年の射程が本件和解にも及ぶかが問題となる。

2 昭和45年最判は(1)訴訟手続きは取引行為と異なるため、取引安全を図るための規定である民法109条及び商法262条の規定が適用されないこと、(2)訴訟行為に表見法理を適用すると相手方の主観的事情に左右され、手続の安定が害されることを理由に訴訟法上の効力を否定している。

3(1)取引の安全について検討する。

 そもそも訴訟法上の和解とは、両当事者は訴訟物について互譲により訴訟を終了させる旨の期日における合意のことである。そのため、当事者間の互譲を必要とする点に通常の訴訟行為とは異なり取引行為としての性質が認められる。この性質から、私的自治の原則の趣旨である取引の安全の保護に由来したものであると評価でき、実体法上の法理である表見代理が妥当すると解する。

(2)手続の安定について検討する。

 たしかに、訴訟行為の効力が当事者の主観的事情に左右されると手続の安定が害される恐れがある。しかしながら、本件で効力が問題となっているのは訴訟上の和解であり、これは処分権主義に基づき当事者の意思で訴訟を終了させるものである。そのため、その後に訴訟手続きが積み重なることはなく、和解が当事者の主観的事情に左右されたとしても訴訟手続きに不安定は生じない。

 そのため、手続の安定は害されない。

4 以上より、昭和45年最判の理由は本件に妥当しない。

 また、訴訟上の和解は私法上の和解も含んでいるため、訴訟上の和解としての効力が認められなかったとしても私法上の和解としての効果が生じ、表見代理の法理は適用され、会社に効果が帰属する。そうであるとすれば、再度訴訟が提起されることも考えられ、和解手続に関与した裁判官が判断する方が訴訟経済上も望ましい。

5 以上より、昭和45年最判の射程は本件和解に及ばず、訴訟法上の効力は維持される。

第2 設問2について検討する。

1 本件において、AはL2弁護士に訴訟委任をした際、民訴法55条2項2号の和解に関する特別委任が為されていたとして、AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことができないか、訴訟代理の範囲が問題となる。

2 訴訟代理人による訴訟上の和解については、本条項で特別の受任が必要とされているが特別の受任に基づく訴訟代理行為の範囲については明文規定がない。そのため、訴訟上の和解における謝罪条項の規定が範囲内となるかが問題となる。

 和解は当事者間の互譲により内容を決定するものであり、訴訟物以外の事項についても円滑な和解交渉のために範囲に含める必要がある。そして、訴訟代理人は本人が選定するものであるため、訴訟代理人に訴訟物以外の権利についても和解権限が与えられていると解しても本人の不利益とならない。

 和解権限の範囲については、事項が互譲より事件を解決するために必要有用でかつ本人が予測可能であるかを判断基準とすることで本人の不利益と和解成立による利益の均衡を図るものと解する。

3 本件において、Xは誠意ある対応が得られなかったことから本件訴訟を提起しており、また、きっかけがAの運転態度を注意したことにより生じた傷害事件であるためXがAの運転態度を注意したことにより生じた傷害事件でアルため、XがAに対し謝罪を強く要求していることは明白で謝罪条項の有無が和解成立の可否を左右するともいえる。

 昭和38年最判において貸金返還請求において抵当権の設定が和解権限の範囲内であると評価されていることからしても本件の謝罪条項の規定を入れることは訴訟代理権の範囲内でありAはXとの間で本件和解の効力を争うことはできない。

第3 設問3

1 Xによる後遺障害に基づく新たな損害賠償は認められるのか、既判力との関係で問題となる。

 267条により、和解調書には確定判決と同一の効力が認められるため、原則として和解条項には既判力が生じる。

 原則通り検討すると、不法行為に基づく損害賠償請求権について、不法行為時に現実化されていない損害についても成立していると解することとなる。そのため、人身損害についても後遺障害を予測して訴訟追行しなければならなくなる。

 117条はこの困難さによる弊害を防ぐため、定期金方式の賠償を命ずる判決が確定した後でも、後遺障害の程度に著しい変化が生じた場合には、確定判決の既判力に関わらず、判決の変更を求めることができるとしている。

2 そのため本件においては以下の考え方をすることはできる。

(1)既判力が本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度まで縮小するとの考えに立脚する。

 既判力の正当化根拠は手続保障による自己責任である。そのため、手続保障がされたといえない主張については既判力を及ぼせないと解する。

 よって、人身損害においては、117条で事情の著しい変更が生じた場合に判決の変更を求められる。

 本件において和解締結の際、後遺障害については検討されておらず、手続保障が及んでいるとはいえない。

 以上より、既判力は縮小され、後遺障害による損害賠償請求権は既判力に抵触しない。

(2)本件和解契約は行為障害に基づく損害賠償請求権を対象として締結されたものではないため、和解条項について、同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じないとの考えに立脚する。

 訴訟上の和解とは、そもそも訴訟外で締結することのできる和解を訴訟手続き内で締結するものである。そのため、既判力は、和解調書に記載された事項、すなわち、和解契約の内容に生じる。和解契約の内容は、当事者の意思解釈により定まるため、既判力の範囲は、和解契約締結時の当事者の意思で決すると解する。

 本件和解は、人身損害が訴訟物であり、後遺障害の予測は困難である。そのため、当事者の意思は、和解契約締結当時に認識予見できる損害に限られたものであったと合理的に理解しうる。

 よって、後遺障害については既判力が生じない。

3 上記2(1)(2)のように解することで訴訟上の和解につき既判力肯定説を採るとしても、本件和解条項につき、後遺障害に基づく損害賠償請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない。